大阪高等裁判所 平成5年(ネ)1259号 判決
主文
一 第一審被告ら及び第一審原告らの各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、平成五年(ネ)第一二五九号事件については第一審被告らの、平成五年(ネ)第一六三一号事件については第一審原告らの、各負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
(平成五年(ネ)第一二五九号事件)
一 第一審被告ら
1 原判決中、第一審被告らの各敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告らの各請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。
二 第一審原告ら
1 第一審被告らの各控訴を棄却する。
2 控訴費用は第一審被告らの負担とする。
(平成五年(ネ)第一六三一号事件)
一 第一審原告ら
1 原判決主文第一項を次のとおり変更する。
第一審被告らは、各自、次の金員を支払え。
(一) 第一審原告神瀬(以下「神瀬」と表示する。)和由に対し、三八三七万八八六〇円及びこれに対する平成三年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員。
(二) 第一審原告神瀬初美に対し、三七一七万一四三五円及びこれに対する平成三年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員。
2 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。
二 第一審被告ら
1 第一審原告らの各控訴を棄却する。
2 控訴費用は第一審原告らの負担とする。
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり訂正するほか、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
原判決三枚目裏一〇行目始めから同四枚目表四行目末までを次のとおり改める。
「1 和也は自賠法三条本文の「他人」に該当しないか
(被告ら)
和也には、次のような事情があり、事故車を運転していた被告大槻及び所有者である被告北村と共同運行供用者の関係にあつたものであるから、被告らに対する関係において自賠法三条本文にいう「他人」に該当しない。
(一) 和也は、本件ドライブのために使用するガソリンの代金を負担することを約束して、事故車を被告北村から借用し、自らこれを運転して本件ドライブに出かけ、本件事故の直前まで運転を続けていた。
(二) 和也は、事故直前事故車の運転を被告大槻と交替したが、その際、同被告が運転免許の停止中であることを知つていた。のみならず、本件ドライブに参加した四名(以下「本件四名」という)中、事故車を運転する資格があつたのは和也だけであり、同人のみが事故車の運転・運行に関し具体的に指示してこれを支配しうる立場にあつた。
(原告ら)
(一) 本件ドライブに出かけるにあたり、和也が被告北村にガソリン代を負担する旨申し出たこと、事故直前まで和也が事故車を運転していたことは認めるが、和也は被告北村から事故車を借用したものではない。ドライブのために被告北村が自車を提供し、和也が運転を担当したというだけのことである。
(二) 本件事故直前に和也が被告大槻と運転を交替したことは認めるが、その際、被告大槻が運転免許停止中であることは知らなかつたものであり、和也としては、所有者である被告北村の指示で運転を交替させられただけである。また、ドライブに参加した四名中自動車を運転する資格があつたのは和也だけであることは争わないが、本件ドライブ中、和也に事故車の運転を被告大槻と交替するよう指示したり、運転を交替した同被告にエンジンの回転数を指示するなどして事故車の運転方法について指図したりしていたのは被告北村のみであつて、和也は、運転交替後は後部座席に移つて事故車の運行には全く関与していなかつたものである。したがつて、和也は、事故車を運転していた間は、事故車の共同運行供用者であつたかもしれないが、事故車の運転を被告大槻と交替した後は、事故車の運行支配を失い、共同運行供用者ではなくなつていたというべきである。
2 損害額の算定
(原告ら)
(一) 原告神瀬和由は、和也の葬儀費用として現実に一二〇万七四一五円を支出しているものであるから、その全額が本件事故による損害と認められるべきである。
(二) 和也は、将来、原告神瀬和由の経営する家庭紙卸業を継ぐことになつていたものであるから、その逸失利益については、将来の所得増加を上乗せして算定すべきである。
(三) 慰謝料の額は二〇〇〇万円とするのが相当である。
(被告ら)
(一) 賠償すべき和也の葬儀費用としては、八〇万円の限度で本件事故と相当因果関係にあるというべきである。
(二) 原告ら主張のような将来の収入増加を認めるべき事情はないから、これを上乗せして算定すべきではない。
3 好意同乗による減額
仮に、和也が自賠法三条の「他人」に該当するとしても、
(被告ら)
和也は、前記のとおり、被告大槻が運転免許停止中であるばかりでなく、無謀な運転をするであろうことも承知していたにもかかわらず、同被告に対し「運転がうまいらしいな、お前の運転が見てみたい」などと言つて無謀な運転をそそのかし、同被告と運転を交替したものである。しかも、交替するや直ちに後部座席に座つてシートベルトを締め、危険な事態の発生に備えていたものであつて、和也としては危険を十分承知の上で事故車に同乗したものというべきであるから、損害の算定に際してはこの事情を考慮してこれを大幅に減額すべきである。
(原告ら)
被告らの右主張事実は否認する。和也はそのような事情を知らなかつたものである。本件事故は、被告大槻が突然に無謀運転を開始した直後に発生したものであり、和也としてはこのような危険な事態が発生することを予見して事故車に同乗したものではないから、損害賠償額を減額すべきではない。
第三争点に対する判断
当裁判所の判断は、次に付加及び訂正するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」の欄に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五枚目裏一〇行目の「八〇」を「六〇」に改め、同一一行目の「四〇キロメートル)」の次に「たため、被告北村は同大槻に「新車やから回転数を四〇〇〇回転以内にして走つてくれ」と指示するなどした。そして同被告は」と加え、同六枚目表一行目の「一〇〇―一二〇」を「約八〇」に改める。
2 原判決六枚目裏一行目始めから同八枚目表一行目末までを、次のとおり改める。
「被告らは、和也が、被告大槻の運転免許停止中である事実を知つていながら、事故車の運転を同被告に交替させた旨を主張するが、和也が、運転交替の前に右の事実を知つていたことを認めるに足る的確な証拠や事情はない。もつとも、原審における被告北村の本人尋問の供述中は、本件ドライブの日以前に和也と会つた際に、被告大槻の免許停止の話をしたと述べる部分があり、これによれば、被告らの右主張を認めることができるかのようである。しかし、同被告の右供述中には、和也は運転を交替した時には被告大槻が運転免許の停止中であることを知らなかつたかもしれないと述べる部分もあるほか、乙第二〇ないし二四号証(被告北村が捜査官に対し本件事故発生の経緯等について述べた供述調書五通)にも、被告北村が本件ドライブの日より前に被告大槻が免許停止中であることを和也に話したことを窺わせるような部分は全く存在しないのであつて、このような点からすると、被告北村の前記供述部分に全幅の信頼を措きこれのみによつて被告らの右主張事実を認定するのは困難というよりほかはない。
ただ、被告大槻が運転を交替した後に同人が和也に運転免許停止の話をしたとの点については、被告北村の原審での供述及び乙第三九号証(被告大槻の被告人調書)によつてこれを認めるに十分であるということができる。
3 そこで、以上の事実関係を前提として、和也が自賠法三条に定める「他人」に該当するかどうかについて判断する。
同条にいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)及びその運転者(もしくは運転補助者)を除くそれ以外の者をいうものと解すべきところ、本件事故当時、被告大槻が事故車を運転し、その助手席に同乗していた被告北村がこれを所有していたことは前記のとおりであつて、同被告らが事故車の運行供用者であつたことは明らかであるけれども、和也は、事故車の所有者でも運転者でもなく、後部座席に同乗していて本件事故に遭つたものであることは前記認定のとおりであるから、その点からすれば、「他人」に該当することは明らかといわざるをえないかのごとくである。
しかし、和也が、右被告両名と共同運行供用者の関係にあり、かつ事故車の具体的運行に対する和也の支配の程度が右両名のそれよりも劣らなかつたとすれば、「他人」には当たらないといわなければならないので、以下そのような関係にあつたかどうかについて検討する。
和也の発案で本件四名が事故車に乗つてドライブにでかけ、途中運転者が和也から被告大槻に交替した後本件事故に遭うにいたつた経緯は前記認定のとおりであるところ、右事実関係によれば、運転免許を取得していないものの、事故車の所有者である被告北村がこれに同乗して行をともにしていたのであるから、和也が被告北村から事故車を借り受け、独立の使用権原を得て運転することになつたものとみるのは甚だ不自然であり、むしろ、単に被告北村から事故車の運転を依頼されてこれに従事したに過ぎないとみるのが相当というべきであつて、走行開始時から事故発生時までの全過程を通じて、事故の防止につき中心的な責任を負い、運転者に対しいつでも運転交替を命じたり、その運転につき具体的に指示することができる立場にあつたのは、事故車の所有者としてこれに同乗していた被告北村であり、被告大槻と運転を交替して後部座席に座つてから後の和也は、被告大槻の運転につき具体的に指示を与えるなど事故車の運行を具体的かつ直接的に支配する立場にはなかつたものというよりほかはない。もつとも、前記認定のとおり、事故車に乗つていた本件四名のうち事故当時自動車の運転資格があつたのは和也のみであり、事故車の具体的な運転操作方法について指示することができる立場にあつたのは和也であるといわざるをえないけれども、走行速度の指示、停発車、進路変更、運転者の交替等の自動車の運転に関する指示は運転資格の有無とは関係のないことであつて、運転資格のない所有者である被告北村においてもこれをなしえたことはもちろんであるから、右のような事情があつたからといつて、それを根拠に現実に運転していない和也に事故車の運行支配があつたことを肯認しなければならないものではないというべきである。そうであれば、和也が事故車の共同運行供用者であつたということはできないから、同人は自賠法三条の「他人」に該当する者であつたといわなければならない。」
3 同八枚目表七行目の「相当である。」の次に、以下のとおり加える。
「不法行為によつて死亡した者の葬儀のために支出した費用は、社会通念上相当と認められる限度において、不法行為により通常生ずべき損害としてその賠償を加害者に対して請求することができるものと解するのが相当であるところ、本件にあらわれたすべての事情を斟酌すると、この額が社会通念上相当と認められる限度というべきである。」
4 同枚目裏八行目と九行目との間に、以下のとおり加える。
「一般に将来の収入の増加については、絶対的な確実性をもつて予測することは不可能であるから、それだけの理由でこれを否定するのは相当でなく、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を十分活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するよう努めるべきであるけれども、本件においては、和也の収入が将来において増加したであろうことを相当の蓋然性をもつて推定するに足るだけの資料や状況を見出すことができないので、同人の将来の所得の増加分を上乗せして算定するわけにはいかない。」
5 原判決九枚目裏一行目始めから同六行目の「相当である。」までを次のとおり改める。
「前記認定の事実関係によれば、本件事故の直接の原因は、被告大槻において夜間、幅員が狭くてカーブの多いダム沿いの道を時速約八〇キロメートルの高速で事故車を走行させるという無謀な運転をしたことにあつたところ、和也は、同被告が和也と交替して事故車の運転を開始するに際し、そのような無謀な運転をそそのかすかのような言葉をかけたばかりでなく、交替した直後には、同被告が免許停止中であることを知り、かつ、無謀な運転をするであろうことを予想しながら、それに備えてシートベルトを装着しただけでそのまま後部座席に留まつていたものであるから、みずから事故発生の危険に身をさらしていたものとみることも可能であつて、損害額の算定にあたつては、過失相殺に関する規定の類推適用により、このような事情を斟酌し、その額を減額することができるものと解すべきであり、右の諸事情を総合すれば、その減額の割合は三割とするのが相当である。」
二 以上によれば、第一審原告らの第一審被告大槻に対する民法七〇九条に基づく請求及び第一審被告北村に対する自賠法三条に基づく請求は、いずれも原判決主文第一項記載の限度で正当であるが、その余は失当というべきであつて、第一審原告ら及び第一審被告らの各控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。